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2004年10月23日 中越地震と自分

ちょうど2年前の今日、中越地震が発生した。

新潟県中越地方出身の自分は、
地元の高校を卒業後、関東の大学を経て関東の企業に就職した。
地震の当日は、都内麹町にある取引先のオフィスで打ち合わせをしていた。

夕方、外が暗くなりかけた頃、
自分がお邪魔している8階のオフィスが、突然上下方向に激しく振れ、
間髪入れずユッサユッサと横揺れを始めた。

「縦揺れを感じる位だから、結構大きな地震かも」

と、取引先の方に伝え、社内のテレビを点けてもらった。
間もなくして、テレビの地震速報が入り、
震源地が新潟である事と、どうやら相当激しい地震だということが分かった。

「実家も結構揺れたかな・・・みんな大丈夫か。」
と実家の事を心配しつつも、
打ち合わせ中だったので、とりあえず仕事へ気持ちを切り替えた。

しばらくして、実家にいる兄から
ケータイのメールが届いた。

「実家のみんなは無事です。」

カンタンな文章だった。
が、同時に、現地の地震が容易なものではなかった事を物語っていた。

このメールで、不安を一気に掻き立てられ、
いてもたってもいられなくなったため、
打ち合わせを一時中断し、実家に電話をかけさせてもらった。

「回線が大変混雑しております。後ほどお掛け直しください。」

お盆の花火会場付近で電話したときか、
大晦日の日付が変わる直前直後に電話したときに聞くような、
自動音声の案内が流れた。

みんな自分と同じような気持ちで電話しようとしている。
不安は更に増大した。
その後、一晩の内に何回も電話をした。
毎回、自動音声が流れた。

結局、実家と直接電話がつながったのは3日後だった。

その間、日々のニュースでは、
被災地・新潟の生々しい光景を何度も映していた。
見覚えのある建物が崩れていた。

電話がつながらない期間中も実家とのメールのやりとりはできた。
実家の家族全員は無事だが、
家の壁にヒビが入った、
自宅前の道路が陥没した、
○○さん家が倒壊した、
ニュースでは取り上げられない、生の情報が次々と飛び込んできた。

幸い、自分の親族や知り合いで
命を落とした人の話は聞いていない。
いや、正確には聞こうとしなかった。


---


大地震から1ヶ月後の11月末、実家の母親に電話した。
地震に関する事では無かった。

「俺、結婚することにしたから。」

自分が結婚する事を伝えた。
被災で、幸せを共有できる状況じゃないはずなのに、
電話越しに母親は喜んでくれた。

12月の暮れ、婚約者を連れて帰省した。
10月の地震以来、初めて新潟に足を運んだ。
雨と少々の雪が降っていたが、
窪んだまま補修されていない手付かずの道路や、道沿いの崩れた建物が目に入った。
被災の状況を改めて目前にした。

実家に入った。
室内の壁紙が裂けていた。

両親へ婚約者の紹介と今後の相談をした。
両親は婚約者のことをとても気に入ってくれた。
翌年早々に入籍する事も了承してくれた。

2004年の出来事は、一つひとつが鮮明に記憶に残っている。

中越地震と自分。


コメント
中越地震の時、私は名古屋から長野に向う特急電車の中でした。
東京にいる弟から「地震の被害はどう?」と問いかけるメールが届くも理解できず!松本駅から乗り込んできた乗客から新潟での地震と聞き、NHKの携帯サイトでようやく事態を把握しました。
満員に近い車内には新潟方面に向う人達が多くいました。
その後約2時間、電車内に閉じ込められていた間に、携帯で手に入れた情報を車内の人達に伝えた事を、当時の思いと共に思い出しました。
  • おしんが
  • 2006/10/29 7:04 PM
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